Posted: 2019/07/27 | Author: | Filed under: 雑記 | も はコメントを受け付けていません。

先日、父方の祖母が亡くなりまして、祖父母はみんな旅立ってしまった。葬式はこれが5度目です。一度目は私はまだ小学生で、亡くなった方が私の名前の漢字を選んだということ以外はふんわり曖昧。ただ棺桶を覗かせてもらった時に、びっくりするようなオレンジ色の肌をしていたのを覚えています。
母方の祖父は私がよちよちの時にはもう亡くなっていたんだった。祖母のことは亡くなる少し前、病院で危篤状態のところへ駆けつけたことも随分苦しそうに呼吸していた顔もはっきり覚えているな。棺桶に似顔絵と手紙を入れたことも覚えてるし、骨を拾う時に、火葬場の方が丁寧に骨の説明をしてくださったのも覚えています。
父方の祖父母と会っていたの中学までくらいだったと思う。急にぱたっと年賀状が来なくなって、遊びに行っても会えなかったりしたんだった。それまでは毎年夏に田舎に帰るのが本当に楽しみだったな〜。うちの父は小豆島という香川県の島の生まれで、家も見慣れない日本家屋だったし、刀飾ってたり先祖のお写真並べてたりしてたから、異空間みたいで面白かった。父が描いた絵もでっかいやつ飾ってて、高校の時の絵、とかいって、エアブラシで着彩したカッコいい車とか、あと多分顔彩で描いたであろう二匹の龍の絵があった。従姉妹と絵を描いて遊ぶのが好きだった。ばあちゃんは髪がいつだって真っ黒だったけどしわくちゃの顔で元気でよく喋る人だった。じいちゃんはお酒がちょう好きで、うちの父がそこは受け継いでる。いっつも美味しいごはん食べさせてくれて、ばあちゃん料理上手だったね、と通夜終わった後に父ちゃんに言ったら、じいちゃん作だったらしい。逆にばあちゃんがめちゃくちゃ働いて家計を支えていたそうだ。何それカッコいい。

祖母との思い出は会えなくなって数年くらいはもっと沢山増えるだろうと思っていたんですが、認知症になってたんですね。亡くなるまでの10年くらい施設におって、会えなくなってそれっきりだった。だから、思い出がたくさんあるのは母方の祖母のほう。それでも、うちに遊びに来てくれた時に話したささやかな話とか一緒に食べたものとか覚えているものなので不思議です。印象深い人たちだった。

父は祖母と苦労して生活を支えてた思い出があって、はっきり祖父より祖母派と言い切ってしまう人だったので、そろそろ危ない、という話はしていたけど、いざお葬式で出棺の際には声出して泣いてました。その人にしかわからない故人との思い出があるのだな…と当たり前のことですがこういう場に出ると改めて思います。人と人の関係って宇宙みたいに広がっていくな。
私も誰かにとって多少思い出のある人間になりたいなあということもぼんやりと思ったりします。

そういえば従姉妹の娘たち息子たちが全然人見知りしなくて、いっぱい話してくれるんでちょっと仲良くなりました。またあそぼうね!って言ってもらったけど次はわかんないな。すまん。でもお互いに思い出になった…と思うと仲良くなれてめちゃくちゃありがたかったかもしれない。


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